「六根清浄」という言葉を耳にしたことはありますか?実は私たちが日常で何気なく使う「どっこいしょ」という掛け声も、この仏教・神道の教えと深い関係があるのです。
六根清浄とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識の6つの感覚器官を清めることで、煩悩を断ち、心身を浄化する教えです。
本記事では、六根清浄大祓の祝詞全文と現代語訳、その意味や効果、そして「どっこいしょ」の意外な語源まで、わかりやすく解説します。
情報過多の現代社会において、心の平穏を取り戻すヒントがここにあります。
六根清浄(ろっこんしょうじょう)とは
六根清浄は「ろっこんしょうじょう」と読み、仏教と神道の両方に共通する心身浄化の教えです。「六根」とは、私たちが外界を認識するための6つの感覚器官を指します。
具体的には、眼(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・身(触覚)・意(意識)の6つです。これらの感覚器官を通じて、私たちは日々さまざまな情報を受け取っています。
しかし、この六根が汚れていると、物事を正しく認識できず、煩悩に囚われてしまいます。六根清浄とは、これらの感覚器官と心を清めることで、本来の清らかな状態に戻すという教えなのです。
仏教では『法華経』を典拠とし、神道では修験道の実践として受け継がれてきました。両者に共通するのは、外界の汚れに触れても、心まで汚されることなく清浄を保つという考え方です。

【表】六根の名称と対応する感覚器官
| 六根の名称 | 対応する器官 | 司る感覚 |
|---|---|---|
| 眼根(げんこん) | 目 | 視覚(色・形を見る) |
| 耳根(にこん) | 耳 | 聴覚(音を聞く) |
| 鼻根(びこん) | 鼻 | 嗅覚(香りを嗅ぐ) |
| 舌根(ぜっこん) | 舌 | 味覚(味を感じる) |
| 身根(しんこん) | 身体 | 触覚(感触を感じる) |
| 意根(いこん) | 心・意識 | 意識(思考・判断する) |
【全文】六根清浄大祓(祝詞)の文言と現代語訳
六根清浄大祓は、天照大御神の教えとして伝えられる神道の祝詞です。ここでは全文と、わかりやすい現代語訳を併記してご紹介します。
六根清浄大祓 全文
天照皇太神(あまてらすすめおおかみ)の宣(のたま)はく
人(ひと)は則(すなわ)ち天下(あめがした)の神物(かみつもの)なり 須(すべから)く静謐(しずまり)を掌(つかさど)るべし 心(こころ)に穢悪(きたなきこと)有(あ)らむを欲(ほっ)せず 神(かみ)の如(ごと)く外物(そともの)に汚(けが)るる事(こと)有(あ)るも 心(こころ)に汚(けが)るる事(こと)無(な)くば 即(すなわ)ち天地(あめつち)の清浄(きよ)き中(うち)に 而(しか)も五臓(ごぞう)の神君(しんくん)安寧(あんねい)にして 外(そと)より来(きた)る災難(わざわい)を退(しりぞ)け 内(うち)より出(い)ずる邪気(じゃき)を清(きよ)め 人(ひと)神(かみ)和合(わごう)して長寿(ちょうじゅ)にして 外物(そともの)汚(けが)れたる者(もの)を洗滌(あらい)清(きよ)めて 必(かなら)ず身体(しんたい)の六根(ろっこん)を潔(きよ)むべし
不浄(ふじょう)を見(み)て 心(こころ)に見(み)ず 不浄(ふじょう)を聞(き)きて 心(こころ)に聞(き)かず 不浄(ふじょう)を嗅(か)ぎて 心(こころ)に嗅(か)がず 不浄(ふじょう)を味(あじわ)ひて 心(こころ)に味(あじわ)はず 不浄(ふじょう)を触(ふ)れて 心(こころ)に触(ふ)れず 不浄(ふじょう)を思(おも)ひて 心(こころ)に思(おも)はず
如此(かく)六根清浄(ろっこんしょうじょう)なれば 神近(かみちか)く守護(しゅご)したまふ也(なり)
現代語訳
天照大御神が仰るには、人間は天下における神聖なる存在です。心の平穏を保つべきであり、心に穢れや悪を持つことを望んではなりません。
外の世界で汚れたものに触れることがあっても、心まで汚されなければ、天地の清浄な中にあって、内臓を司る神々も安らかであり、外から来る災いを退け、内から出る邪気を清めることができます。
人と神が調和し、長寿を全うするためには、外界の汚れを洗い清め、必ず身体の六根を清めなければなりません。
六根清浄全文のPDF
祝詞が教える「不浄を見て心に見ず」の6つのポイント
- 視覚の浄化:不浄なものを目にしても、心に留めない
- 聴覚の浄化:不浄な言葉を耳にしても、心に響かせない
- 嗅覚の浄化:不浄な臭いを嗅いでも、心に入れない
- 味覚の浄化:不浄なものを口にしても、心で味わわない
- 触覚の浄化:不浄なものに触れても、心に感じない
- 意識の浄化:不浄なことを思っても、心に宿さない
このように六根を清浄に保つことで、神が近くで守護してくださるという教えが込められています。
どっこいしょと六根清浄の語源

私たちが立ち上がる時や重いものを持ち上げる時に何気なく発する「どっこいしょ」。実はこの言葉、六根清浄と深い繋がりがあるのです。
山岳修行を行う山伏や修験者たちは、険しい霊山を登る際に「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と繰り返し唱えながら修行していました。一歩一歩踏みしめるごとに、心身を清める祈りの言葉として発していたのです。
しかし、急峻な山道を登る過酷な修行の中で、疲労と息切れによって「ろっこんしょうじょう」の発音が次第に変化していきました。「ろっこん」が「どっこい」に、「しょうじょう」が「しょ」に短縮され、やがて「どっこいしょ」という掛け声になったと考えられています。
民俗学者の柳田國男は別の説として、「どこへ(どこへ行くのか)」という問いかけが変化したという説も提唱していますが、六根清浄起源説が最も広く認知され、仏教・神道の研究者の間でも支持されています。
つまり「どっこいしょ」は、単なる掛け声ではなく、霊的な修行の名残りを今に伝える言葉なのです。何気ない日常の動作の中に、古の修行者たちの精神が息づいているのは興味深いことです。
六根清浄の効果と功徳|法華経や修験道が説く真理
六根清浄は単なる精神論ではなく、『法華経』という経典に明確な根拠を持つ修行体系です。ここでは、その効果と功徳について詳しく見ていきましょう。
『法華経』の法師功徳品(ほっしくどくほん)には、六根を清めることで得られる超常的な力が記されています。これを「勝根の用(しょうこんのゆう)」と呼び、清浄な六根によって通常の人間を超えた認識能力を獲得できるとされています。
具体的には、清浄な眼根によって遠くのものや微細なものを見通す力、清浄な耳根によってあらゆる音を聞き分ける力、清浄な鼻根によって香りの本質を悟る力などです。これらは単なる神通力ではなく、物事の本質を見抜く智慧の象徴とも解釈されます。
天台宗の開祖である智顗(ちぎ・天台大師)でさえ、六根清浄の最終段階である「相似即(そうじそく)」の位にまでしか到達できなかったと伝えられています。それほど高度な修行であり、完全な六根清浄は悟りへの道そのものなのです。
修験道においては、山岳修行を通じて六根清浄を実践します。富士山や御嶽山、大峰山などの霊山に登り、自然の厳しさの中で心身を鍛えることで、俗世の煩悩を洗い流し、神仏と一体になることを目指すのです。
また祝詞にある「五臓の神君安寧」という言葉は、身体の健康とも密接に関係しています。心が清浄であれば内臓の働きも整い、外からの災難を退け、内からの邪気を清めることができるという考え方は、現代の心身医学にも通じる智慧です。
六根清浄の功徳は、超常的な力の獲得だけでなく、日常生活における心の平穏、身体の健康、そして災厄からの守護という実践的な効果をもたらすとされているのです。
現代に活かす六根清浄
古来の教えである六根清浄は、現代社会においても新たな形で注目を集めています。特に情報過多の時代において、心の平穏を保つ方法として再評価されているのです。
アニメ『甲鉄城のカバネリ』では、主人公たちが恐怖や不安に襲われた時に「六根清浄」と唱えるシーンが印象的に描かれています。これは単なる呪文ではなく、極限状態で心を落ち着かせ、冷静さを取り戻すための精神的な技法として表現されているのです。
このアニメをきっかけに、若い世代の間でも六根清浄の意味や効果が注目されるようになりました。
現代人の六根は、かつてないほどの刺激にさらされています。スマートフォンやSNSを通じて、視覚と聴覚は絶え間ない情報の洪水に晒され、心の平穏を保つことが難しくなっています。
ネガティブなニュース、誹謗中傷、フェイクニュース、過剰な広告、、、これらはすべて「不浄」として六根を汚していきます。祝詞にある「不浄を見て心に見ず、不浄を聞きて心に聞かず」という教えは、まさに現代のメンタルヘルスケアに通じる智慧なのです。
マインドフルネスや瞑想が注目される現代において、六根清浄は日本古来の「心のデトックス法」として再発見されています。情報を遮断し、自然の中に身を置き、呼吸を整えることで六根を清めること。これは現代のストレス社会を生きる私たちにこそ必要なことなのです。
日常で実践できる「小さな六根清浄」
六根清浄は霊山での厳しい修行だけでなく、日常生活の中でも実践できます。ここでは誰でも取り組める具体的な方法をご紹介します。
立ち上がる時の「どっこいしょ」を意識的に唱える 何気なく発している「どっこいしょ」を、その語源である六根清浄を思い出しながら意識的に唱えてみましょう。一つ一つの動作に心を込めることで、日常が修行の場に変わります。
高尾山などの霊山で石車を回す 東京近郊の高尾山には、六根清浄を願って回す「六根清浄石車」があります。登山しながらこれを回すことで、古来の修行を体験できます。観光がてら訪れてみるのもおすすめです。
デジタルデトックスの時間を設ける 週に一度、スマートフォンやパソコンから離れる時間を作りましょう。視覚と聴覚を休め、自然の音に耳を傾けるだけでも、現代的な六根清浄の実践になります。
朝の深呼吸と感謝の習慣 朝起きたら窓を開け、新鮮な空気を深く吸い込みながら「今日一日、心を清らかに保つ」と心の中で唱えてみましょう。たった1分の習慣が、心の在り方を変えていきます。
ネガティブ情報との向き合い方 SNSで不快な投稿を見た時、「不浄を見て心に見ず」を思い出し、感情的に反応せずに冷静に流す練習をしてみましょう。心に留めないことで、精神的な疲労を軽減できます。
六根を清めて、豊かな毎日を

六根清浄は、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識という6つの感覚器官を清めることで、心身の浄化と平穏を得る仏教・神道の教えです。『法華経』に根拠を持ち、修験道の実践として受け継がれてきました。
私たちが何気なく使う「どっこいしょ」という言葉も、山岳修行者が「六根清浄」と唱えながら登山した名残りです。この事実を知るだけでも、日常の何気ない動作に新たな意味が生まれます。
情報過多の現代社会において、六根清浄の教えはメンタルヘルスケアとして再評価されています。「不浄を見て心に見ず」という精神は、SNSやニュースの氾濫する時代を生きる私たちにこそ必要な智慧です。
六根清浄を完全に実践することは困難かもしれませんが、日常の小さな習慣から始めることができます。「どっこいしょ」を意識的に唱える、デジタルデトックスの時間を設ける、朝の深呼吸を習慣にすること。こうした小さな実践の積み重ねが、心の平穏をもたらします。
まずは今日から、立ち上がる時の「どっこいしょ」に心を込めてみませんか?その一言が、あなたの六根を清め、豊かな毎日への第一歩となるはずです。
